【コラム】第1話封印の『おそ松さん』で考えるアニメ表現規制と覚悟

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エッジの効いたパロディで視聴者のド肝を抜いた『おそ松さん』第1話だが、残念ながらBlu-ray&DVDには未収録となることが決定した。一体何がいけなかったのか? 表現に対する規制と、それを越えようとする意志について見ていこう。

ピックアップ作品『おそ松さん』

昭和の時代に人気を博した『おそ松くん』。赤塚不二夫生誕80周年となる2015年に『おそ松さん』として復活するにあたり、6つ子たちは悩んでいた。いまさら、自分たちが通用するのか!? そして彼らは挑戦する、“ウケけるアニメ”となるために。しかしそれは、とんでもない結末へと突き抜けてしまうのだった!

原作:赤塚不二夫●監督:藤田陽一●シリーズ構成:松原秀●キャラクターデザイン:浅野直之●美術監督:田村せいき●色彩設計:垣田由紀子●撮影監督:福士享●音楽:橋本由香利●音響監督:菊田浩巳●アニメーション制作:studioぴえろ

封印されて話題沸騰

第1話がBlu-rayに収録されなくなっちゃったよ~と、物議を醸している『おそ松さん』。原作は1962年生まれの懐かしマンガということで、ちょっと古すぎません……? そんな不安は「“今”という時代によくやったなあ!」という拍手喝さいに吹っ飛ばされてしまった。

“今”は、表現規制がデリケートなご時世だ。冒頭の原作まんまの絵柄でモノクロ作画もスゴかったが、その後に『うたプリ』『弱虫ペダル』に『進撃の巨人』などパロディの嵐。どれがマズかったのか? こんだけやってりゃ、どれかマズくなるよ!

やばい表現を注意されたアニメが再放送できなくなる……といった規制は、マイナスばかりじゃない。「そんなにとんでもないアニメやってるんだ!」という野次馬が寄ってくるから。エンタメにとって最大の敵は嫌われるよりも無関心。

隠れた名作とは、マーケット的には存在しないのと同じことだ。カネを払った広告よりも、メディアの方からネタにしてくれるニュースは注目度も高い。

規制されやすい3つの表現

規制の代表格といえばエロ。これの扱いは簡単で、「隠す」。以上、終わり。『魔乳秘剣帖』なんて画面の上2/3(おっぱい丸出し)が真っ白とか、下半分が真っ白(もんでる)とか、地上波だと意味が分からない!

“隠す”ことは、有料放送でのスクランブル(暗号化)と同じ役割を果たす。湯気や不自然な太陽光を外したいならお金を払ってねというのは、ビジネス的に極めて正しい。

そしてエロにおいて、規制は演出の一部だ。アニメ版『ハヤテのごとく!』で大活躍した自主規制君(「見せられないよ!」というテロップを持っていたキャラ)系ネタの原点は、『ガン×ソード』の水上運動会でのロバマークだと言われる。ポロリした局部にロバの顔! というのが高度なギャグになっていた。

その最新型が『監獄学園』や『下ネタの存在しない退屈な世界』。特に後者は攻めまくっていて、例のプール(AVによく使われる)や自作オナホなど、「規制をおちょくってる感じ」を面白さの中に上手く取り込んでいた。

規制の2つめはグロ。「エログロ」とセットにされやすいが、実はエロとは別の難しさがある。人が死んで生き返らないシリアス作品だと、隠し方によっては視聴者に「放送する覚悟がなかったのか」と受け取られかねない。最近だと『テラフォーマーズ』がいい例だ。ゴキブリがふっ飛ばした頭が黒丸、ズラリと横たわる遺体というか黒丸。同時期に規制がほとんどないアニメ版『寄生獣』があったので、よけい悪目立ちしていた。

『寄生獣』がグロから逃げなかったのは、日本テレビの中谷敏プロデューサーらの踏ん張りが大きい。親会社のドン・渡邉恒雄氏にソックリの悪役が出る原作『ワンナウツ』をアニメ化した人ですから!

3つ目の規制がパロディ、つまり他の作品をネタにすること。『おそ松さん』がやったのがコレで、第3話の「それゆけ!デカパンマン」も、Blu-rayに収録できなくなってしまった。本作がこうなったのは当たり前。だって藤田陽一監督とシリーズ構成の松原秀氏は、かつてのアニメ版『銀魂』コンビなのだから。

規制に挑み無関心を払え

実在の国会議員によく似た人が登場する原作に新ネタを追加して地方局で放送休止になったり、エロ本をPTAから護ると称して挑発しまくったり。しかも小学生が見ている夕方6時に! BPO(放送倫理・番組向上機構)に苦情が入ったことも何回かあるが、『銀魂』はちっとも自粛しない。もともとテレビはPTAに叱られてナンボ、楽しくなければテレビじゃない!

とはいえ、アニメはバラエティ番組以上にコストがかかる。カネだけでなく、諸方面に頭を下げたり放送休止したりの調整もバカにならない。「スタッフに好き勝手やらせていいのか」という声が出てきてもおかしくはないだろう。
そんなときに「これでいいのだ!」と全力でフォローするのが「テレビ屋」としての矜持じゃないですかね。問われるべきは制作を裏方で支えるプロデュース側の覚悟だ。

著作権は尊重すべきだし、公共の電波に向いてない表現もあり、規制はやはり必要。で、その規制を乗り越えるために「湯気」が生まれたし、話題も呼んだ。規制は新たな可能性を切り開き、テレビへの無関心を退治するためのパートナーになるかもしれないのだ。

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