【五代ロスを生きる】リアル五代さんのイケメンすぎるエピソード5選!

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本日放送の『あさが来た』で1カ月ぶりに登場した五代友厚。ディーン・フジオカさん演じる五代さんのイケメンっぷりを久々に堪能できて、朝からうっとりしていた人も多いのでは? 中国・台湾・アメリカと世界を股にかけて活躍するイケメンなディーンさんに負けず劣らず、リアル五代もかなりのイケメンエピソードをお持ちです。

わざと捕虜になってイギリスと和平交渉!

1858年、薩摩藩とイギリスとの間に薩英戦争が勃発。イギリス艦隊の海からの砲撃により、薩摩藩は軍艦3隻が沈没、鹿児島の街も炎に包まれます。イギリスは上陸攻撃も考えていましたが、当時薩摩藩の船奉行副役だった五代がわざとイギリス側に捕まって捕虜となり、捨て身の覚悟で和平交渉に挑んで阻止したと言われています。その度胸、イケメンすぎますっ。

欧米列強相手に一歩も引かない!

明治政府発足と同時に、外交官僚として大阪に赴任した五代。1968年、神戸・三宮神社前での備前藩の兵とフランス水兵との諍いから銃撃事件にまで発展した「神戸事件」では、フランスや諸外国から実行犯の「処刑」を要求されるも、武士として名誉ある「切腹」として決着をつけます。同年、大阪・堺港で傍若無人に振る舞ったフランス水兵を土佐藩の警備隊が殺傷した「堺事件」では、五代の決断によって処刑をフランスや諸外国の要求より少ない人数にとどめました。欧米列強の圧力を跳ね返すイケメンぶりを発揮しています。

政府首脳を仲直りさせた「大阪会議」を企画!

1875年、政府首脳だった大久保利通は、征韓論や台湾出兵などで意見が対立し、政府を離れた板垣退助、木戸孝允の呼び戻すため、大阪での会談(大阪会議)を企画します。その影の功労者が、実業家として既に大阪で活躍していた五代です。盟友である大久保の相談役として、会議に集う板垣、木戸、伊藤博文、井上馨らと連絡を取り、段取りをつけています。また、会議の直前には五代の自邸に大久保が長期滞在し、五代と話し合いをしていたとも言われています。友人のために骨を折り、仲介役を買って出るのは男らしい行動です。しかも、国を動かす出来事ですから、半端ないイケメンっぷりです。

人材育成への熱い思いで大阪市立大学設立!

「あさが来た」では、成澤泉に共鳴したあさが日本女子大学設立に奔走していますが、これに先駆けること20年前、1880年に五代も学校を設立しています。当時、五代が経営していた「大坂新報」の記者・加藤政之助が商業学校の設立を提唱。これに共鳴した五代らが大阪の商人に呼びかけて、大阪商業講習所(現在の大阪市立大学)の設立に奔走しました。あさや大隈重信と同じように、人材育成に熱い思いを抱いていたのでしょう。

テレビのトーク番組に出演しているディーンさんからは、何事にも一所懸命な「熱い男」っぷりが伝わってきますが、実際の五代友厚もそれに負けない熱さを持ったイケメンだと言えるでしょう。

そういえば同級生が錚々たる面々!

天保6年12月26日(1836年2月12日)生まれの五代友厚。同い年には、明治維新を支えた錚々たるイケメンが揃っています。坂本龍馬は、天保6年11月5日(1836年1月3日)。新撰組の土方歳三は、天保6年5月5日(1835年5月31日)。島津久光の側近として薩長同盟を推進し、徳川慶喜に大政奉還を決意させた小松帯刀は、天保6年10月14日(1935年12月3日)。郵便制度を作った前島密は、天保6年1月7日(1835年2月4日)です。そういえば、海軍伝習所時代は勝海舟や榎本武揚らと共に学んでいます。同窓もまた錚々たる面子ですね!

ちなみに、「あさが来た」で武田鉄矢演じる福沢諭吉は、1つ年上の天保5年12月12日(1835年1月10日)生まれ。高橋英樹演じる大隈重信は、2つ年下の天保9年2月16日(1838年3月11日)生まれです。

ディーン・フジオカのインタビューも収録! 五代さんのこと、もっと知りたい人に贈る一冊

NHK連続テレビ小説『あさが来た』のもうひとりの主人公ともいえる五代友厚。そんな五代友厚の生涯に、『あさが来た』に登場する時代背景や人物たちの真の姿を解説しつつ迫る! 五代友厚役のディーン・フジオカの撮り下ろしインタビューも収録。

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