「送電線の近くに住むとがんのリスク」という噂は正しい?

「送電線の近くに住んでいるとがんになる」という話、聞いたことありませんか?

しかし、そこまで心配する必要はないかも。なぜなら現在のところ、送電線を含む超低周波電磁界(0~300Hz)における発がん性について、因果関係とみなせるほどの証拠は存在しないからです。

いったいどういうことなのか、ア理科シリーズでおなじみ、『アリエナイ理科式世界征服マニュアル』の著者である亜留間次郎氏に、詳しい解説をお願いしました!

 

【解説者】亜留間次郎

薬理凶室メンバーとして「アリエナイ理科ノ教科書」シリーズの執筆に携わる謎の怪人。医学、物理ネタから世界情勢の裏事情まで、得意分野は多岐にわたる。単著に『アリエナイ理科式世界征服マニュアル』がある。Twitter

統計データの処理に起きた「クラスター錯覚」

1992年に発表されたスウェーデンの研究「Magnetic Fields and Cancer in Children Residing Near Swedish High-voltage Power Lines」American Journal of Epidemiology, Volume 138, Issue 7, 1 October 1993, Pages 467–481

日本において、この問題への関心が高まったのは、1992年のスウェーデンでの研究結果が大きく報道されたことによります。その内容は「高圧送電線の近くに住んでいる子供は、小児白血病の発生率が4倍だった」というもの。これがそのまま、現在に至るまで都市伝説として語り継がれているわけです。

この論文では、磁界の強さが0.3μT(マイクロテスラ)の環境で生活していると小児白血病の発生率が3.8倍になると書かれています。

しかし、実はこの論文、統計データの処理が間違っており、環境要因と病気の間に存在しない因果関係をつくり出してしまう「クラスター錯覚」が発生していたのです。

スウェーデンで行われた調査では、800種類もの病気について統計が取られた中で、小児白血病だけ発生率が4倍となっていました。そのほかの、大人の白血病や、がんになりやすい部位(大腸、胃、肺、乳、前立腺)についてのデータはいたって普通でした。

これは、統計学における「多重比較問題」と呼ばれる現象です。たくさんのデータを扱っていると、偶然では起こらないはずのことでも、確率の法則にしたがって、一定割合で起きてしまう場合があるんですね。それをクラスター錯覚で結びつけてしまっていたのです。

本来、統計学には、そのような偏った値が原因で間違った結果が出ることのないように、有意水準、信頼区間、P値など、いろいろと難しい計算理論があります。しかし、このスウェーデンの論文では、偏った値を排除しきれていなかったようです。結局、「小児白血病だけ発生率が4倍」は、その調査において低い確率ながらたまたま発生した数字にすぎなかったというわけなんですね。

このことは、1995年の段階で、アメリカの公共放送PBSの番組「FRONTLINE」でも取り上げられています。

―― they began accusing the Swedes of falling into one of the most fundamental errors in epidemiology, sometimes called the multiple comparisons fallacy.(筆者訳:科学者たちは、スウェーデンが疫学における最も根本的な誤りの一つに陥っていると非難し始めました。それは多重比較問題と呼ばれるものです)|PBS FRONTLINE Currents of Fear(Internet Archive)

「統計」というものは、物事の性質や傾向を知るためには重要な学問ではあるのですが、「絶対に正しい数字」を出せるわけではありません。データの選び方次第で、とんでもない結論を導き出してしまうこともあるのです。

IARCの評価「発がん性があるかもしれない(グループ2B)」を正しく解釈する

2001年6月、国際がん研究機関(IARC)は静電磁界および超低周波電磁界(0~300Hz、日本の送電線の50~60Hzを含む)のばく露による発がんに関して、正式な評価を実施しました。それが「IARCモノグラフ No.80」です。では、その結論がどうだったのかというと……

  • 超低周波磁界は「人間に対して発がん性があるかもしれない」(グループ2B)

というものでした。

これを見て「国際的な機関が発がん性があると認めた!」と勘違いしている人がいます。が、そういう話ではありません。まず、この評価は「その物質や環境が、がんの原因となるかどうか」を分類したものです。「がんの引き起こしやすさ」を評価したものではない点に注意してください。

そして、この結論の前提として書かれている、超低周波磁界の「総合評価」は以下の通り。

  • 超低周波磁界の発がん性について、人間の小児白血病に関する証拠は限定的である。
  • 超低周波磁界の発がん性について、人間の小児白血病以外のすべてのがんに関する証拠は不十分である。
  • 超低周波磁界の発がん性について、実験動物における証拠は不十分である。

ご覧の通り、かなり否定的ですね。では、なぜここから結論が「発がん性があるかもしれない」になってしまうのでしょうか。問題となっているのは、小児白血病についてのみです(それ以外のがんについては、そもそも発がん性を示唆する有意なデータは存在しません)。

複数の疫学研究のデータをもとに分析した結果、超低周波磁界が0.3~0.4μT(マイクロテスラ)を上回る居住環境では、小児白血病の発生率が倍増するというパターンが見られました。スウェーデンの研究からは半減していますが、それでも数値が高いということは、やはり……? と思いがちですが、これを「発がん性がある証拠」だと早合点してはいけません。研究者たちは、あくまでも慎重な立場を取っています。

――しかしながら、疫学的証拠は、選択バイアスの可能性など手法上の問題によって弱いものになります。加えて、低レベルのばく露ががん発生に関与することを示唆するような生物物理学的メカニズムとして正当と認められたものはありません。(中略)加えて、動物研究は主として影響なしとの結果を示しています。したがって、これら全てを考慮すれば、小児白血病に関連する証拠は因果関係と見なせるほど強いものではありません。(WHO「ファクトシートNo322 超低周波の電界及び磁界への曝露」より引用

疫学研究は、統計データから傾向を読み取る学問です。スウェーデンの研究で「クラスター錯覚」が起きていたように、誤った結論を出してしまう可能性を捨てきれないのです。このように、慎重かつ否定的な注釈があった上で、国際がん研究機関(IARC)ではグループ2Bに分類して発表したというわけです。

ちなみに、IARCによる発がん性の分類は、グループ1からグループ4まであります。代表的なものについては、経済産業省のサイトで確認できます(↓)。

IARCによる発がん性分類(2016年10月24日時点)。経済産業省のサイトより

結論

というわけで、「送電線の近くに住んでいるとがんになる」というのは誤った認識です。正確には、

  • 小児白血病については…現時点では無関係であるとは言いきれないが、関係があるという証拠も限りなく疑わしい
  • 小児白血病以外のがんについては…有意なデータは一切存在しないので、完全にデマ

ということになります。特に後者については、騙されないようにくれぐれも気をつけてくださいね。

〈参考リンク〉
IARCモノグラフ No.80
WHO「ファクトシートNo322 超低周波の電界及び磁界への曝露」(日本語版)