イラク日報を読むために知っておきたいイスラム世界のまめ知識

公開されたイラク日報。(朝日新聞 イラク復興支援群の日報 2004年3月1日より引用)

自衛隊のイラク復興支援の活動報告書、いわゆる「日報」。存在したという事実はもちろん、報告内容のユニークさから読み物としても注目が集まっていますよね。たとえば、イスラム世界ならではの事情が伺える点も興味深いところ。日報では聞き慣れないイスラム用語がたびたび登場します。

そこで今回、日報から読み解けるイスラム文化の一面について、中東地域の在住経験がある亜留間次郎氏(詳しくは著書『アリエナイ理科式世界征服マニュアル』のあとがき参照)に解説してもらいました。

解説|亜留間次郎

薬理凶室メンバーとして「アリエナイ理科ノ教科書」シリーズの執筆に携わる謎の怪人。医学、物理ネタから世界情勢の裏事情まで、得意分野は多岐にわたる。単著に『アリエナイ理科式世界征服マニュアル』がある。Twitter

ラマダン

まずは「ラマダン」から。この言葉は、聞いたことがあるという人は多いでしょう。

「ラマダン」とは、ヒジュラ暦の第9月のことで、イスラム教における断食期間です。日報では2005年10月4日~11月3日がラマダンだったことが確認できます(スンニ派とシーア派で1日程度のズレあり)。

ちなみに、ヒジュラ暦の1年は354日。西暦よりも約11日短く、地球の公転とのズレの調整は行いません。それゆえ、ラマダンは夏のときもあれば冬のときもあります。

さて、このラマダンですが、断食といっても「日が出ている間は食べたらダメ」というだけなので「日の出前と日没後に大量に食べる食生活を送る期間」というのが実際のところ。このため、イスラム社会では断食すると太るという妙な現象が起きがちなんですね。とはいえ日報を見るとあんまり守っていない人もいたようで、「昼飯食べてたじゃないか」とツッコミを入れた記述が見受けられます。

「ラマダン間もしっかり昼飯食ってたじゃない?」とのツッコミが。(朝日新聞 イラク復興支援群の日報 2005年12月2日15ページより引用)

ちなみに、ラマダン中は、現地雇用者(イスラム教徒)の仕事が午前中のみになります。また、断食期間中は食料価格の高騰が起きるため、金融機関からの引き出しの増加や食糧難に遭う人たちへの対応が問題になることもあるようです。

今週が、ラマダン前のため、本格的に活動できる最後の週になる。ラマダン期間中は、主として午前中の活動がメインになるであろう。今月15日の国民投票等に関連する治安上の動きを注意して、活動しなければならない。(朝日新聞 イラク復興支援群の日報 2005年10月2日20ページより引用)

【5 日•6 日のデモとラマダンの関連】
○ラマダン期間は食料調達のため金が必要であることから群集が抗議したもの
○群集の行動は、ラマダン期間中の喜捨を求めた物乞い

朝日新聞 イラク復興支援群の日報 2005年10月7日10ページより引用)

ハッジ

「ハッジ」とは、聖地メッカ(マッカ)への巡礼のこと。毎年、ヒジュラ暦の12月8日から10日に聖地に到着するように移動する習わしです。

イラクと聖地のあるサウジアラビアは陸路で国境を接しており、巡礼者の多くは車を使います。ゆえに、その前後の時期には巡礼者の大移動が発生、主要幹線道路が大渋滞するんですね。2005年12月25日の日報(11ページ)に以下の日程が書かれています。

  • 2005年12月25日頃 移動(往路)開始
  • 2006年1月8日~10日 儀式(ヒジュラ暦1426年12月8日~10日)
  • 2006年1月10日~13日 犠牲祭及びイード
  • 2006年1月14日 移動(復路)開始
  • 2006年1月25日頃 移動終了

イード

「イード」とは、日本語では犠牲祭などと訳される、イスラム教の祝日です。日報では「イード・アル=アドハー」と「イード・アル=フォトル」についての記述が確認できます。

また、日報を見ると、イードの期間は現地雇用者たちが休みになっていることがわかります。ただ、多国籍軍のなかでは休暇にしないところもあるなど、対応が分かれているようです。

ハッジ明けのイード期間のため、休みになっている。(朝日新聞 イラク復興支援群の日報 2006年1月10日3ページより引用)

アシュラ

「アシュラ(アーシューラー)」とは、ヒジュラ暦で毎年1月10日に行われる宗教行事のこと。イスラム社会(特にシーア派)において宗教的な感情が高まる祭りの日であるため、原理主義テロやデモ活動などが起きやすく、外務省も毎年注意喚起を行っているほど。2006年2月8日の日報では、翌日のアシュラについてまとめています。

「宗教的興奮状態にある群衆との接触は、極力回避する必要がある」との注意喚起が書かれている。(朝日新聞 イラク復興支援群の日報 2006年2月8日10ページより引用)

金曜礼拝

「金曜礼拝」は、毎週金曜日(ヒジュラ暦)にモスクに集まって行う集団礼拝で、イスラム教徒にとって重要な儀式。礼拝の後はイスラム教の聖職者であるムフティー(日報では「説法者」)による説法が行われるのが通例です。

日報には、金曜礼拝で行われた説法の内容についての記述が多数見受けられます。なぜなら、ムフティーの演説がきっかけでテロが引き起こされたり、逆に治安が安定したりするという、重要な警戒情報だからです。たとえば、2005年12月21日、パトロール中の英軍車両に手榴弾2発が投擲されるという事案がありました(朝日新聞 イラク復興支援群の日報 2005年12月21日9ページ参照)。日報ではこの件について、

前回の金曜礼拝(12月16日)においてガラウィ師が「英豪軍は占領軍であり、我々は常に彼らの市内活動、特に事務所の前を通ることを厳しく妨害する。」と発言しており、今次攻撃は、ガラウィ師の発言を実行したとも考えられる。(朝日新聞 イラク復興支援群の日報 2005年12月21日10ページより引用)

と分析しています。

日報の金曜礼拝についての記述を読むと、多国籍軍(日本隊含む)が必ずしも歓迎されていたわけではないことがわかります。イラク日報を文字検索できるサイトもありますので、当時の現地の実情を知るためにも、ぜひ目を通してみてください。

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