【レビュー】『心が叫びたがってるんだ。』をさらに面白く見る!「玉子様」を中心に読み解けば……?

借曲ミュージカルが奏でる
ハッピーエンドとバッドエンド

映画に代表される映像作品を効果的に見せる演出の手法は現代ではもう出尽くしてしまったかのように語られる。もちろん、ストーリーを紡ぐ物語のバリエーションも同じく。“全ては組み合わせに過ぎない”なんて言葉も自嘲気味に語られたりする。

実際、筆者が仕事でなにかを書こうとするときもこれまであったパターンを組み合わせて執筆するし、現在放送されているあらゆる作品もそのつもりで分解し分類するとキッチリ何かの箱に収まってしまうだろう。そして、筆者が思っていた長井監督像というのも“引き出しの多い器用でクレバーな監督”で、時には時代劇、時にはバディもののエッセンスをきっちり汲みとってディレクションする理知的な作品の作りを優先するタイプだと感じていた。自分が出資者なら土下座して頼みたい。倍率1.1倍の鉄板馬券ですよ。監督とは同じ世代だけあって、作品のはしばしから「あーそうするのね。あーあの作品好きなのね」とか「ミュージカルの魔法、映画の魔法ってアメリカ50年代の自信にあふれた一本道の魔法はなんであんなに輝いて見えるのかね?ってやっぱり思うよね」とか過剰に情報を読み取れてしまうせいもあるかもしれないが。

少なくとも物語構造なんか知るか!と語りたいことを優先に枠をぶち破り、エモーションを撒き散らせたあと別の箱に収まるという個性的な監督とは違う。

『ここさけ』でも、その周到な演出を見て、筆者の長井龍雪監督像は大きく変わっていない。ただし、“器用”という言葉から“小器用”というマイナスイメージをとったかたちになった。器用な不器用ものというある種矛盾した感想を『ここさけ』を見て感じたのだった。

それが“組み合わせの芸術”として作中に現れる曲を借りての替え歌ミュージカル。新規楽曲を作る予算とかさまざまな裏事情もあったんだろうなあと思うが、結果的にとても素晴らしい結果を作品にもたらしている。このアイデアを観た時、もう歌もの映像作品の決定版、結論はコレじゃないのか! と衝撃を受けたほど。

こと大衆向けアニメや実写作品では、作中劇といえば『ロミオとジュリエット』(ニセコイとか!)など誰もが知っていながら実際に真顔で演じている劇団はほぼ無いものが鉄板。あって、『泣いた青鬼』とかを作品内で絵本として翻案したりしたものだったり(岡田麿里作品にも絵本ネタが多い。『ここさけ』も玉子様のファンタジックな描写は「星の王子さま」インスパイアのソレ。)これは、まだ結末を知らないお話を語るときに内容の知らない新たなストーリーを重ねると、ストーリーが難解になるだけでなく、作中劇という補助線を引いて「みなさんご存知のあの話をどう裏切ることで快感をあたえるか」という意図ともズレてしまうから。

結局、手垢にまみれていても『ロミジュリ』を使うしかないわけですよ。しかし、超スタンダードナンバーに替え歌を載せるという『ここさけ』手法なら、ストーリー以上の訴求力で意図した雰囲気を出せて、しかも作品オリジナルの歌詞がそのまま裏切りとしての快感に繋がっていく。これは発明だと思いますね。

また、この借曲ミュージカルと言う大きな仕掛け自体が、長井監督だけでなく、今のなにかしらモノを作っている人々にとっての「玉子様」だとも鑑賞中思えた。『オリジナルとは?』という疑問に直結して思えたんですよ。

オリジナル! とエモーション全開でぶっちぎるタイプには思えない長井監督が提示した作中の答えは和声にあった2つの曲(ベートーベン「悲愴」とハロルド・アーレン「虹の向こうに」)を同時に歌うことで新しいハーモニーを作るというもの。この2つの曲を『ここさけ』の二人のヒロインが同時に歌うことで、ハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、またその両方でも有る青春の煩悶を見事に描いただけでなく、“既存の組み合わせにすぎない”と、ときに諦めをもって語られる“オリジナル幻想”に対しても、表現者として一定の答えを出した、という風に筆者の胸に響いた。職人肌でクレバーな監督(筆者が感じていた姿に過ぎないが)の殻を破って、その殻で見事に“オリジナルという覆水”をすくい上げたと胸にせまるものがあった。

その意味で、長井監督と比べてかなりスケールダウンしまくりな上、日々の仕事に追われながら自分の書く文章やストーリーに企画書、提案などはアリモノの組み合わせじゃないかという諦念を抱えている筆者に、信頼できる同世代の監督からのエールのように『ここさけ』は感じられたし、勇気をもらえたといっていいと思う。

筆者にとって『ここさけ』は、ここ数年のアニメ映画のなかでもっとも万人にオススメしやすく、そしていつもつるんでいる性格の悪い友達にも「観たほうがいいよ」と言える作品になった。あまりの周到さに『吉田秋生の作品レベルは確実にある!』とちょっとした憎まれ口を込めた最大の賛辞を送りたいと思う。同世代に吉田秋生というたとえはなかなか出せないですよ……!